「幸せの寿命」延ばしていく

 

「100歳時代」と聞いて、どんな未来の自分を想像するでしょうか。期待よりも、健康や生活への不安の方が大きいかもしれません。大阪大大学院人間科学研究科の権藤恭之准教授は、100歳以上の高齢者(百寿者)の心理をひもとく調査に取り組んでいます。その結果、多くの百寿者が“幸福感”を維持していることが分かってきました。老いと幸せについて考えるヒントになりそうです。

 

 

 

高まる「良い感情」

「幸せですか?」。権藤准教授は100歳の女性に問いかけました。女性は脳梗塞の影響で寝たきりになっていました。娘と2人暮らしで介護を受けていますが、「体はダメになったけれど、娘の話し相手になってあげられる」と答えたそうです。「『世話になって申し訳ない』といった気持ちがあると想定し、質問で落ち込ませてしまうと躊躇していたので驚きました。百寿者の多くが自身の存在意義を見いだし、幸せそうにしている姿が不思議だった」と研究開始当初を振り返りました。権藤准教授らは平成12年から、2千人以上の百寿者の生活について、面会を中心にした調査を続けています。同時に70歳以上の身体機能や心の変化を追跡しました。社会的役割の喪失や体の衰えといった出来事に直面する一方で、心はどのように変化し、100歳を迎えているのか、調査・分析しています。東京都と兵庫県の7区市町村で、約2300人を対象に実施した調査(12~15年実施)では、70歳・80歳・90歳のグループに分け、体と心の健康を調べました。体の健康では、バランスや歩行速度といった運動能力、栄養状態をみるアルブミン(血液)を測定しました。心の健康は、世界保健機関の精神健康状態に関する質問表(WHO-5)を中心に、楽しい気持ちで過ごす頻度、眠りや目覚めの状態、人生満足度などについて聞き取りを行い、数値化しました。その結果、体の健康は70~80歳は変化しないが、90歳になると標準値より低下します。心の健康は90歳になっても維持され、現状を肯定的に捉える『良い感情』が上昇していました。権藤准教授は「100歳では、身体や認知機能で障害がない人は2%、95%が慢性疾患を抱えています。自立している人もいれば寝たきりの人もいます。しかし、身体の状況に関わらず、心の健康は維持され、幸福感が高い」と指摘しています。

 

老いはいい要素も

なぜ、幸福感は維持されるのでしょうか。権藤准教授は、「老年的超越」「サクセスフルエイジング」といった心理学理論の存在を挙げています。人の発達は青年期(20歳前後)で止まり、後は衰退と喪失の時期だと一般的には考えられていますが、心の発達は高齢期を迎えても続くという考え方です。身体機能低下、家族との死別といった課題に適応することも発達の一つです。見えや物質的豊かさに無関心になり、ありのままを受け入れ、心の内面や少数の人との関係を重んじるように変化していくのだといいます。もちろん、性格や生活環境などの影響も考えられ、解明が進められています。権藤准教授は「健康寿命延伸は重要だが、それでもいつかは体の衰えに直面します。その先にどのような幸せの形があるのでしょうか。『目は悪いけれど、家族の様子はまだ見える』というように、失われたことにこだわらない視点の変化が大切です。高齢者研究は、100歳時代の未来を提供することです。老いにはいい要素もあります。幸せの寿命も延ばしていきたい」と話しています。